首を長〜〜〜くして待っていた『花ト囮』を観た。
この作品は2009年に上演されたDAZZLE3作目の作品であり、ダンス作品でありながら演劇界から非常に高い評価を得て、DAZZLEが世界進出するきっかけにもなった作品だ。
そして、韓国、ルーマニア、イランでの演劇祭で上演し、どの国でも拍手喝采を浴び、賞賛され、さらに多くの海外からのオファーが来ている作品でもある。
そして何より、これまで発表された5作品の中で、私が最も好きな作品
なのだ。
バレエ、ミュージカル、歌舞伎、新劇などなど、多くの様々な舞台作品を観て来た中で、この作品に出逢ったことは衝撃であり、その時の心の震えは今でも鮮明に残っている。
<その時の感想はコチラ。>
その再演。
海外公演を成功させての凱旋公演とも言える。
作品はパワーアップし、さらに良いものに仕上がっているとメンバー自身も語っていた。
初演以降、私はイベントなどでそのごく一部を観てはいたものの、全編をナマで観るのは3年ぶりとあって、再演の日を待ちわびていたのだ。
どんな風に変わっているのだろうと心を躍らせ、スタンディングオベーションしちゃうかもと想像しては独りほくそ笑んでいた。
という前置きの上で・・・
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:
:
困った。
う〜ん・・・
困った
それほどの作品なのに・・・
絶賛したいのに・・・
できないのだ。
スタンディングオベーションどころか、見終えた後の拍手にさえ力が入らなかった。
それは、DAZZLEを「宇宙一好きなダンスカンパニー」という熱烈なファンである私には、とても残念で悲しいことである
いや、素晴らしいところは素晴らしかったのだよ。
確かにいくつかの場面は初演より明らかにパワーアップされ、良くなっていた。
でも、でも・・・
それらを台無しにしてくれちゃってるものがあった。
それは・・・
衣装。
全ての衣装が衣替えしており、無名の登場人物の衣装はシンプルで良かったと言えるのだが、役名の付いた登場人物の衣装が観ていて辛くなるほどに、許し難いほどに酷かった。
先ずは冒頭。
主役である才秘【サイヒ】と弟の衣装。
「これはSF映画か!?」って突っ込みたくなった。「スタートレック」を思い出した。違和感ありあり。なんでこんな可笑しな衣裳なんだ?
その後の狐の嫁入り行列。
前回の和風の衣装は観客をこの物語に引き込むには十分なものであった。
今回も行列全体としては悪くはなかったが、一番美しくあるべき花嫁の角隠しが、私には何故だか「紙オムツ」を想像させるヘンテコな形のもので、この物語を印象づける幻想的で美しい場面であるはずなのに、美しさからは遠のいてしまっていた。
そして次に。
屋敷に入った才秘の衣装。
SFチックな衣裳を脱がされてホッとしたのも束の間、次に着せられたのは今度は「メイドか!?」と突っ込みたくなるレースが付いたもの。才秘はご主人様の僕【しもべ】にさせらたから、こんなメイド風なわけ?
また、それが安っちい。
最前列で観ていたから細部まで見えてしまったのだが、切りっぱなしのボイル地から織糸が飛び出していて、適当に作りましたという印象でしかない。
そして次に。
まだあるのか?って。まだあるよ。
霧月。
白とショッキングピンクって、ピエロ? チンドン屋?
もうこうなったらもう笑うしかない。
そして極めつけ。
蜘蛛。
全身白のヒラヒラ。いや、ビラビラという方が合ってる表現。
これも霧月同様、実に滑稽。これって、笑いを取る場面じゃないよねぇ。
前作の蜘蛛はシンプルな形の上下グレー系の衣装で、蜘蛛の表現を明確に伝え、正に蜘蛛にしか見えなかった。ところが今回はそのビラビラが特に繊細な動き(特に指)を見せる妨げになっていて、蜘蛛の魅力がかき消されてしまっていた。
全く蜘蛛に見えなくなっており、イメージとしてはその姿はむしろ花に擬態したハナカマキリ。
とまあ、次から次へとよくもまあここまで酷いものを作ったものだ。
突拍子なく、気をてらっているとしか言えず、滑稽で、苦笑するしかない。
終了後、その感想をメンバーには正直に伝えた。
一人を除いては「賛否両論あるだろう」と返って来た。
「好みの問題」と言ったメンバーもいた。
確かに何事にも賛否両論というものはあるのだからこの衣装に対してもそうだろうが、少なくとも私の顔見知りのDAZZLEファン何人かに聞いたところ、みな口をそろえて「衣装が良くない」と言っていた。
クリエーターなどには受けるかも知れないが、そうではない観客が果たして賛辞を贈るだろうか。
観客に迎合する必要は全くないが、「ダンスというものをもっと広げたい」と公言している以上、より多くの一般の人々の心に訴えるものでなくてはならない。
観客にそう思わせる衣装デザインには、北村道子という「世界的に有名なデザイナー」を起用したという。
調べたところ、映画中心に活躍しているデザイナーであり、確かにこれまではそれぞれの映画をより良く見せるに十分な作品を作ってきているようだった。
今回の衣装も、それだけを見れば悪いものではないし、別の舞台作品に使われた衣装であれば良いものと認められたかも知れない。
しかし、「花ト囮」の世界では、衣装だけが完全に浮いている状態。
その世界観を完全に損なってしまっていた。
つまり、私の「好みの問題」でもないのだ。
「世界的に有名なデザイナー」を起用することが、必ずしも功を奏する結果にはならないこともあるということを、DAZZLEには理解し自覚して欲しい。
それがさらに良い作品を作ることにつながってゆくのだから。
終演後のアンケートには「衣装が酷過ぎる」と書いた。
「初めてDAZZLEのセンスを疑った」とまでの酷評を。そんなことを書かねばならないのは、ファンとしては悲しいことだ。
「賛否両論」などとは言わず、自分がまとった衣装に関して「前回の方が良かった」と言ったメンバーが一人いたことは救いだったが。
と、ここまで衣装に関してボロクソに書いて来てしまったが、前述したように最も好きな作品であるだけに、衣装という視覚上非常に重要な点が改悪、それも最悪となっていたことが残念極まりなく、書かずにはいられないこの心情を解ってもらいたい。
衣装以外にもう一点前回の方が良かったと思えた点がある。
それは、字幕の表示。
前回は大部分が縦書きであったのに対し、今回は多くが横書きに変更されていた。
台詞は縦書きの方が読みやすいし、和を題材としたこの作品には合っていた。
さて・・・
マイナス点はここまでにして、気を取り直そう。
冒頭から「これはないでしょ」という衣装だったためにそれに気を取られ、かなりネガティブな気分で観ることになってしまったのだが、「折角の大好きな舞台なのだから楽しまなくちゃ」と思い直し、ポジティブに観るようにして良い場面を見つけることも出来た。
良くなった場面として印象に残っているのは・・・
一幕。才秘が主の部屋を覗き見してそれが見つかってしまい、使用人たちが赤い行灯を持ってサイヒを追いかける場面。
二幕。キツネの嫁入りの謂れを語る場面。
二幕。クライマックスで紙吹雪(赤い桜の花びら)が舞う場面。
特に紙吹雪の場面は、今の桜の季節と相俟って感動的であった。
他に大きく変わった点は、霧月の台詞だけを字幕ではなく吹き替えにしたところ。
この吹き替えというものは声優を間違えると最悪になりかねないが、ここでは霧月に合った上手い演技だったし、病気で話すことができない彼の心の声だけを実際の声として表に出したことは効果的だった。
ただ、前回は全てを字幕にしたことにより、ラストのたった一言だけの音声が背筋を震わせるほどに効果的だったことを思うと、どちらが良いとは言えないところだ。
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前回が100点だったとすれば、今回は70点。−30点は全て衣裳の減点。というより、その他の部分では+20点としても良いと思うから、衣裳の減点は50点。デカッ!それほどまでに私には受け入れがたいものなのだ。
脚本、小道具・大道具・舞台構成など全てを含めた演出、そして何よりDAZZLEの独創的なダンスには何度観ても魅せられる。素晴らしい作品であることに変わりはない。
それだけに、返す返す衣装の失敗(ハッキリ失敗と言おう)が残念でならない。
その70点の舞台をあと4回も観る。
何回か観ているうちに衣裳への印象が変わるだろうか・・・?
それよりも、衣裳に気を取られず、もっともっと良いところを見つけられるようにしたいものだ。
DAZZLEの作品はどれも観る度ごとに進化している。この作品でもそれを信じよう。
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